アラモの碑100周年

Posted by nakane on 16th 8月 2014

昨日有志により行われた、アラモの碑建立100周年が、新聞記事になっていましたので少し紹介します。

アラモの碑を建立したのは、郷土の偉人、志賀重昂先生。

長篠の戦で援軍を求めて、包囲網を突破し走った鳥居強右衛門と、

アラモの砦の戦いで援軍を求めて、包囲網を突破し走ったボナハン、

同じエピソードが日米友好の架け橋になると、両国に建立されました。

 

時代背景は、日清・日露戦争後。支那での権益獲得に列強各国が躍起になっている時代です。

米国内で日本移民への排斥感情が高まっていくことを懸念し、

志賀先生は、在米日本人に対し、まずは良きアメリカの人民たれと説き、

米国人に対しては、クラーク博士など、日本が感謝する米国人を紹介し、

国際友好に力を尽くされていました。

 

志賀重昂先生といえば、

地理学者ということや、東公園にある三河男児の碑が思い浮かびますが、

郷土の偉人の功績を知らないことを痛感。

今の日本の領海があるのも、東端の南鳥島領有に尽力された志賀先生のおかげ。

また、南樺太を日本が領有していた当時にあっては、

岡崎の石工さんを率いて、国境の境界石の作成・設置をされたのだそうです。

志賀先生の人物像としては、

学校卒業後、中学校の教諭となるも、翌年に県令(県知事)を殴って免職など、

豪快な一面もあったようです。

 

88月

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