時代をあらわす言葉

Posted by nakane on 8th 2月 2017

本のあとがきに興味深いことが書いてありました。

要約すると、

「アメリカで白人ではない大統領が生まれ、

ドイツでは吸収合併された側の東ドイツから女性の首相が生まれた。

世界は多様性を認め、変化を受け入れる時代を迎えた。」

という内容。5年以上前に出版された本でした。

今、振り子が大きく逆に振れたような、対照的な現実があります。

多様性への許容と思われていたのは、

あるべき道徳観への息苦しさだったのかもしれない、とさえ感じられてしまいます。

 

同様に日本でも、「不寛容社会」という言葉を度々耳にするようになりました。

販売員のちょっとした一言が気に障ったのか、お客の態度が急変するデパート売場のはなし、

気難しい患者への対応に人員を割かれる病院のはなし、

年末、除夜の鐘がうるさいという住民の抗議などなど、

事の大小を問わず、その例には事欠きません。

 

「ルール1:お客様は常に正しい。」

「ルール2:もし、そうでないと思ったらルール1を見よ。」

という言葉を思い出させますが、

顧客満足度について、表面的な捉え方の悪例そのままのように感じます。

個人の権利のように捉えられがちですが、ことの本質は社会の道徳観です。

社会を語るときの主語は、「I(私)」が前提になるのか、「We(私達)」なのか。

「自由」は「わがまま」と同義ではありません。

この風潮、日本だけではなく、世界的なものであるようで危惧しています。

 

Categories: その他
22月

Comments are closed.