岡崎の花火
写真は、昨日の花火大会開会式。
今年は岡崎市政100周年の記念すべき花火大会でもあります。
大村知事にもご来訪いただきました。
明けて今朝は、早朝の清掃活動からスタート。
車でひかれ粉々になったスマートフォンもあり、
うう~ん。。。
今日から、各地域での夏祭りや盆踊りが始まります。
携帯を落とさぬよう、私も気をつけねば。
写真は、昨日の花火大会開会式。
今年は岡崎市政100周年の記念すべき花火大会でもあります。
大村知事にもご来訪いただきました。
明けて今朝は、早朝の清掃活動からスタート。
車でひかれ粉々になったスマートフォンもあり、
うう~ん。。。
今日から、各地域での夏祭りや盆踊りが始まります。
携帯を落とさぬよう、私も気をつけねば。
岡崎市 額田消防団 ポンプ車操法に 優勝しました!
(指揮者風に読んでいただけると助かります。)
本当におめでとうございます!!
会場は、尾張旭市にある愛知県消防学校です。
操法開始の直前。
いいタイムです。所作もきれいです。
応援に来られた岡崎副市長の寺田様はじめ、地域の皆さまへの、
競技終了の報告会。
午後3時過ぎの中間採点発表。
まだすべての競技は終わっていませんが、この時点で知多市さんと同点の185.50点。
同点の場合はタイム上位 とのことですので、首位です。
残念ながら、最後の表彰式までは見ることができず、
幸田町の彦左まつり開会式典へ向かいます。
いよいよ明日は、ポンプ操法大会の愛知県大会。
県下各地の大会を勝ち上がってきた消防団による晴れ舞台。
岡崎市から、額田消防団第9部さんが出場。
(岡崎市は県下でも数少ない多団制を採用しているんです。)
(今回、幸田町さんの登板はないとのこと。)
選手をお支えの地域の皆さん、消防団関係の皆さんと一緒に
精一杯のエールを送り、応援をしてきます。
写真は、先日行われた激励会での試技の様子。
内水面漁協さまの総会に参加させていただき、
天然に近い鮎の種苗研究についての講演を聞かせていただきました。
種苗とは、放流する仔魚のこと。
鮎種苗を行っている栽培漁業センターは渥美半島の先端にあります。
川の魚がナゼ渥美で?と感じますが、
秋から冬に生まれて川をくだった鮎は、
三河湾の渥美半島先端に一番多く集まるのだそうです。
遺伝子的にも木曽川、矢作川、豊川の鮎に違いは無く、
愛知海産鮎というくくりが一番適切なのだとのこと。
とは言うものの、冷水病への耐性や、友釣りに適した攻撃性については、
木曽川系や豊川系など区分されて交雑種の研究がなされており、
とても奥が深いお話でした。
愛知県石材協同組合さんの創立70周年祝賀会にお招きをいただきました。
愛石さんの前身は昭和22年に設立された三河石材工業協同組合で、
石材は自然災害からの復旧工事には欠かせない資材だったそうです。
組合の歴史をさらに紐解くと、
明治30年に結成された石材採掘同志会に端を発しており、
120年にもなられるとのことでした。
建国記念の日、岡崎奉祝祭が催されました。
ここ近年では珍しく、風もない晴天での開催となりました。
オープニングは、矢作北小学校雅楽部の演奏。
矢作は邦楽の東儀家とも縁がある土地柄でもあり、
小学校に雅楽部があります。
上海万博の時には、会場での演奏経験もあります。
今年の奉祝祭は、例年よりも出席者が多く、
500人のせきれいホールが超満席です。
というのも今年の講演講師は、安倍昭恵さま。
安倍晋三首相の奥様です。
安倍夫人も岡崎にご縁のある方。
3年前には、私の選挙事務所にもお越し頂きました。
岩津消防団 第3部に新しい小型ポンプが貸与され、
その受け入れ式が行われました。
これまでのポンプは、平成4年の受け入れより、
23年間使われてきました。
今度のポンプは、真空作業の時にもオイルが出ない最新型。
使われる機会が少ないことが良いことではありますが、
新型ポンプを契機に消防団活動や、
地域の安心安全の活動が更に進展されることをご祈念致します。
1月20日は、愛知県が定めた 「あいち消防団の日」です。
消防団員の加入促進を図る、県下一斉のPR活動が行われました。
岡崎ではショッピングセンターのご協力をいただいて、店内でのPR活動。
私の自宅からすぐ近くです。
岡崎市六ッ美商工会さま主催の新春講演会。
講師は、オペラ歌手の飯田みち代さん。
京都大学卒業で、世界の100人にも選ばれるオペラ歌手、
とのプロフィールからは想像ができない波乱万丈の人生の講演でした。
難病・シングルマザー・ドイツの貴族からの求婚・・・
昼ドラそのものです。
講演内容をブログでそのまま公開して良いものか・・・
ご本人の確認ができませんので、この程度に控えさせていただきます。
酒井会長のご挨拶。
飯田みち代さんのご講演。
講演後にはミニコンサートで、椿姫ほか1曲。
「金色の雨が降り注ぐ」と形容される陰陽豊かな歌声。
写真は歌に入る前のご挨拶時のもの。歌はもちろん生声です。
岡崎水泳協会さん主催による正月の風物詩、寒中水泳。
毎年入水されている方からは、
「今年は水温あって楽だったぁ~!」、とのこと。
今年は、場所を下流に移しての開催。
2日がかりで茅の草刈りをされたり、焚き火の制限があったりなど、
新しい場所での対応に、様々ご苦労があったそうです。
消防出初式に続き、こちらも乙川河川敷の工事によるものですが、
それだけ乙川河川敷の利用がある結果といえます。
岡崎市の消防出初式。
乙川河川敷ですが、今年はかわまち事業の工事が行われているため、
例年と異なる対岸(左岸)での開催となりました。
暖冬で例年よりも暖かいとはいえ、川面を渡る北風を受け、やはり寒いですね。
昨年の岡崎市内の火災軒数は91件。
内訳は、建物58件、車輌13件、その他20件。
また、出火原因の上位は、放火20件、コンロ12件、たばこ10件となっています。
空気の乾く時期でもあります。皆さん気を付けましょう。
写真は、愛知県表彰のもの。
森岡副知事にご臨席をいただきました。
各表彰の栄に浴されました皆様、おめでとうございます。
そして、ありがとうございます。
岩津消防団による、恒例の階てい。
出番前の一枚です。
グレート家康公葵武将隊による特別演技。
昨年末に家康公役が退団され、現在募集中です。
1月の日曜日、岡崎市も幸田町も行事が目白押しです。
岡崎の消防出初式から、
幸田の凧揚げまつりへ、
踵を返して、岡崎の成人式、
そしてまた、幸田の文化協会さんのことはじめへ。
実はこの間にも、地域の行事や要望事項への対応も。。
ご一報をいただいた事柄には全て対応をしたいと思いながらも、
大変ご無礼をし、欠席させていただいてしまったところもございます。
また、一つひとつに滞在できる時間が短くなってしまうことの
ジレンマを感じてしまう一日でした。
詳しくは後ほど報告をしたいと思います。
岡崎市 消防出初式
幸田町 凧揚げまつり
岡崎市 成人式
幸田町 文化協会
(写真なく申し訳ございません。)
岡崎市ぬかた商工会さまの新年名刺交換会に出席をさせていただきました。
今年は、岡崎市と額田町が合併して10年の節目の年でもあります。
会長の山内様とお話させていただいた中で、
合併の年の家康行列には、奥平信昌公隊があり、旧額田で参加されたとのこと。
思い出すと、
岡崎市制90年、NHK朝の連ドラ「純情きらり」。
松方弘樹さんや井川遥さんが行列に参加をされていた年。
私は岡崎三郎信康隊のサポート役で、えっさほっさ走りまわっていました。
今年は市制100周年&額田合併10周年。
奥平信昌公の正室は、家康公の長女、亀姫。
しかも、新東名で新城と岡崎が一本の道路でつながった記念すべき年でもあり、
何かできないかなぁ・・・。
と、思うところです。
学問の神様で名高い、岩津天満宮。
受験を控えた学生諸君の志望校合格をご祈念いたしております。
神社青年会の奉仕活動で、時間ができたときは私も境内にいます。
人気の「開運だんご」のほか、
今年は「オカザえもんのスベらない手袋」も登場。
ここだけの限定レア・アイテムです。
と、言ったら、
団子売りをしている中根自体がレア・アイテムなんじゃないの!
と返されてしまいました。。
見つけたら、ぜひ声を掛けてください。
消防団の歳末特別警戒がはじまりました。
12月28日初日の、中・北部の巡察には、
寺田岡崎市副市長がご来訪され、消防団への激励が行われました。
「かしら~中」「せいれ~つ 休め」の号令に
体が反応してしまうのは、消防のサガです。
障害のある子どもたちにとって、放課後の居場所づくりともなるデイサービス。
民家の2階部分を活用しての施設が開所し、その開所式にお招きをいただきました。
以下、紹介文を転載いたします。
「放課後等デイサービス いちほし オープン」(随時見学できます)
【オープン】10:00~18:00
【月~金】放課後~17:30まで
【土・祝日・長期休み】10:00~16:00
【休日】日曜、年末年始、お盆
はじめまして、放課後等デイサービス いちほし です。
療育や支援を必要とする、小学校1年生から高校3年生までのこどもを対象に、放課後から17:30まで預かります。
宿題等の学習支援や、作業訓練、体験学習、音楽教室、英会話教室など、充実したサポートを行ってまいります。
また、保護者の方のサロンも開催します。お気軽にお越しください。
特定非営利法人 葵風(あおいのかぜ)
児童発達支援 放課後等デイサービス 北辰会いちほし
住所、岡崎市伊賀町7丁目106-1
電話、0564-84-5261
岡崎市民病院、1F・2Fの新棟通路スペースに飾られている児童作品。
先に岡崎市美術館で展示されていた児童作品展の入賞作品による
ミニ移動作品展で、今月18日までの期間限定で行われています。
サンルームのような温かなスペースで、
入院されておられる方々が、検査等で病棟を移動される折にも、
きっと心和ませてくださるのではないかと感じます。
幼稚園の生活発表会。
お招きをいただき、子どもたちの元気な劇や歌を楽しませていただきました。
今年こそは、わが子の晴れ姿を見たいと思っていましたが、
所用のため、残念ながら実現はできず。
子どもを幼稚園まで送っていくまででした。
代わりに、夜のお風呂で再演をしてもらい、楽しませてもらいました。
岡崎青年会議所シニアクラブの総会。
総会議長は、本年度会長の佐谷先輩。
シニアクラブは、かつてのOB会から移行して、10周年の節目を今年迎えています。
総会において、次年度シニア会長に山﨑泰信先輩が選出されました。
写真は、新会長のご挨拶です。
家下川を美しくする会さんの河川美化活動。
ガッツリの竹の除伐です。
地域の方々と三菱自動車の皆さんとの共同作業。
竹は、長さを切り揃えてしばり、細かな枝はチップにしていきます。
切り揃えられた竹は、
小学校のお米づくりのはざかけに使うほか、
正月にどんど焼きも計画されているとのことです。
幼稚園のお遊戯会にお招きをいただきました。
こどもたちの元気一杯の歌声に心いやされます。
続いては、老人クラブさんのお誕生日会。
こちらは認知症予防効果もある健康体操。
北国の春にあわせて、私も皆さんと一緒に。
振り付けが1番、2番、3番で少しずつ異なり、けっこう難しいです。
朝は、自転車で子どもを幼稚園に送って、それから県庁へ。
今日は、私立幼稚園の振興推進大会が開催。
お母様方の参加のご苦労を感じます。
園長先生から、幼児教育の理念や、食べ物アレルギー、発達障害などの現状のお話を伺い、
また、お母様方に、子どもへのクリスマスプレゼントの決め方を教わったりしました。
ありがとうございました。
岡崎市制100周年記念事業のひとつ、「さくら100年プロジェクト」。
乙川の桜並木は、日本の桜100選にも選ばれている桜の名所。
ソメイヨシノの寿命とあいまり、先人が残してくれた「桜」という大切な風景を
100年後の後生に継承できるよう、植樹・更新をしていこうという壮大なプロジェクトです。
その第一段として、大門学区の堤下公園で桜の苗木の植樹が行われました。
岡崎市消防団連合観閲式が開催されました。
明け方まで降り続いた雨による河川敷コンディションを考慮し、
今年は屋内での開催となりました。
消防団員のころを通じて、屋内での観閲式は記憶がありません。
随分久方ぶりなのではないでしょうか。
先週に引き続き、土曜日はあいにくの雨になってしまいました。
写真はJAまつり。
雨で肌寒い中、うどんが美味いっす!
りぶらでは、りぶらまつりが開催。
発明クラブさんのコーナーでは、偏光シートを使った万華鏡づくりもあり、
きっと子どもが喜ぶだろうな。
藤川道の駅で行われた、
愛知学泉大学さんによる江戸時代の「食」を再現した、「江戸・華々しい食の楽園」。
家康公400年祭の記念事業の特別秋期プランです。
展示されている料理は、(汁物を除き)全て本物の料理。
学泉大学の学生さんや、食品栄養学科の根間教授から説明をいただきました。
少しのおかずで沢山のご飯を食べたため、おかずは塩辛いものが中心で、
江戸時代の塩分摂取量は1日あたり約40gにもなるのだそうです。
そのためか、一人が1日に食べる米飯の量は約5合とのこと。
江戸時代は、朝と夜の2食ですので、1食あたり2.5合の米飯を食べていた計算。
身長150cmほどと言われる当時の日本人がこんなに大食漢だったとは驚きです。
外では、試食もありました。
岡崎公園グラウンドと、乙川河川敷を会場とした、
岡崎市民まつりと商工フェアが開かれています。
明日が雨の予報のためか、例年よりも人出が多いように感じます。
物産の販売や試食、体験コーナーや趣向を凝らしたアトラクションなど様々です。
岡崎公園の散策路には花が飾られています。
11月8日に閉幕する全国都市緑化あいちフェアの関連イベント。
藤川のむらさき麦畑で、種まきが行われました。
竹の子幼稚園の子ども達も一緒です。
藤川のまちづくり協議会のおじさんから説明を受け、
籾が入った小さな紙コップを手に、パラパラと子ども達が播いていきます。
天気が良く、風の強かった昨年とは異なり、暑いぐらいです。
今年10月には、岡崎市の小中学校給食で、むらさき麦ご飯がだされました。
その量は400kgだったとのこと。
むらさき麦を使った麺やお菓子、ビールなど様々な商品開発を通して、
藤川のまちづくりに取り組んでおられます。
昨日に続き、秋の週末は行事が盛り沢山。
朝は、急に季節が進んだ様にも感じる冷え込みでしたが、
元気よく、駆け足で参りましょう!
写真は、三河男児の歌石碑。
東公園でのイベント後、久々に訪れてみました。
最初にこの歌碑に来たのは、たぶん小学校4年生の頃、
見知らぬ子ども同士で世尊寺に一泊してのオリエンテーリングだったと記憶しています。
(当時は、あずま公園と呼んでいたのに、ひがし公園に呼び名が変わったのはいつからでしょう。)
歌碑の意味を知ったのは、29歳の2002年。
稲垣寿先輩の所信を読んで、この場に立った後です。
以来、この場に立つと背筋をピンと伸ばす気持ちになります。
「三河男児 須らく奮起すべし」と。
参加、訪問させていただきました一部を写真で紹介。